【事例】オープンイノベーション代表格P&Gの傘下VCが挑むスタートアップスタジオ
自社に足りないリソースを積極的に社外から取り入れる「コネクト&デベロップ戦略(C+D)」のもと、オープンイノベーションに積極的に取り組み続ける消費財メーカー世界最大手が「P&G」です。
2015年に設立されたP&G Ventures(https://pgventuresstudio.com/)は、スタートアップの創業を支援し新しい事業を同時に複数生み出す「スタートアップスタジオ」として常時、スタートアップや起業家の協業提案の募集を受け付け、様々なパートナー企業などとともに支援体制を整えています。
スタートアップスタジオとしての取り組みの目的として、P&G本体が扱っていない新領域での事業アイデアの開発と市場投入を目指しており、既に複数の製品が誕生しています。
日本でも近年、コンサルティングファームやベンチャーキャピタル(VC)などの協力を得てスタートアップスタジオを立ち上げる企業も見られ始めていますが、P&Gほど体系的に対応できている企業は多くありません。
消費財においてもサブスクリプションやD2C(ダイレクト・トゥー・コンシューマー)といったビジネスモデルが台頭する中において、消費財メーカーの巨人の地位に甘んじることなく、不断の企業変革を続けるP&Gのオープンイノベーションの取り組みを紹介します。
コンシューマーメーカーの巨人P&Gが挑むオープンイノベーション
2015年に設立されたP&G Venturesは、社内外から募集したビジネスアイデアを事業化するためのスタートアップスタジオです。
スタートアップスタジオとは、新たな事業やスタートアップを複数同時に立ち上げていくことを目的として新規事業創出に必要な専門のナレッジ/スキルや、事業創出/起業に必要なスタッフをあらかじめ集めた組織体制のことで、カンパニービルダー/ベンチャービルダー、と呼ばれることもあります。
VCと異なるのは、投資を主な目的とした支援を行うのではなく、スタートアップや新規事業の共同で立ち上げ/運営していくことを目的として様々なリソースや支援を提供していくという点です。
P&G Venturesでは、Techstars、EY、スタンフォード大学、MITなどをはじめとする33の企業ネットワークパートナーと連携し、またP&G本体の様々な分野のエキスパートやコンシューマーインサイト、製造、製品開発、ブランディング、マーケティング、販売、流通、法律に関するノウハウなどのアセットを活用しながら、様々な形でスタートアップ、起業家に対するインキュベーションを行なっています。
特にP&Gの既存のドメインとは遠くシナジーが小さい領域におけるブランドやプロダクトの創出に力を入れています。
既にP&G Venturesから複数のブランド/製品も誕生しています。
「Opte」(https://opte.com/) 皮膚のシミやそばかすなどの色素沈着を、スキャン・検知して修復し隠せる化粧デバイス。
「Zevo」(https://zevoinsect.com/) 昆虫の神経系受容体のみを標的として、人体に影響なく迅速に昆虫を駆除する技術をベースに開発された殺虫剤
「Kindra」(https://ourkindra.com/) 気分のムラ、女性のデリケートゾーンの乾燥など、更年期の女性が持つ様々な症状を和らげる助ける治療製品。
「Bodwell」(https://bodewellskin.com/) 人々が慢性的な肌の状態をよりよく管理するのを助ける独自の植物抽出スキンケア製品。
上記の4つのようなブランド/製品が立ち上げられているが、いずれもP&Gの新しい事業ポートフォリオの一角を担うブランドとして成長しています。
起業家やスタートアップも直接提案できるP&Gベンチャーズの「イノベーションチャレンジ」
P&G Venturesの特徴的な取り組みの一つに2018年から始まった「イノベーションチャレンジ」(https://pgventuresstudio.com/challenge/)があります。
これは、あらゆる起業家やスタートアップが直接、P&Gに対して革新的な商品案を提案でき、実際にP&G Venturesと提携して新たなブランドを生み出すチャンスを与えるコンペティション形式のプログラムで、応募資格はスタートアップや起業家で、会社の規模や事業ステージは関係なく募集できます。
優勝者には10,000ドルの賞金とP&G Venturesにおいて製品を開発する機会が提供。過去のイノベーションチャレンジでは、世界最大規模のテクノロジー見本市「CES」への出場権が付与されていたこともありました。
Covid-19の影響により、イノベーションプログラムを中止する企業も多く存在する中、P&G Venturesは積極的にオンラインに移行してイノベーションチャレンジを継続実施しており、新たなイノベーション創出へ向けて貪欲に取り組んでいます。 5回目を迎える2021年のイノベーションチャレンジでは、「Active Aging」, 「Balanced Protection」,「Enhanced Sleep」「Non-toxic Insect Solutions」「Personal Performance」「Women’s Wellness」「Emerging Frontiers」 の7つのテーマが提示。
7月14日に開催されたオンラインによるピッチイベント(https://youtu.be/ZPCEA5jX4lI)では4組のファイナリストが登壇。P&G Ventures 役員や外部パートナーVCの審査員に対してプレゼンテーションが行われ、「ライブアクティブスキンケア製品」と呼ばれる生きた細胞からfaceマスクなどを作り出す技術製品を開発する「NanoSpun Technologies」(http://www.nanospuntech.com/)が優勝しました。
他3組のファイナリストとして、赤ちゃんにピーナッツ、卵などのアレルゲン物質を、毎日のサプリメントの形で優しく紹介する初期の食品アレルゲンシステムの提供をする「Ready.Set.Food!」(https://readysetfood.com/)、肌の寿命を分子レベルで延ばすように設計されたサプリメントを開発する「ONE SKIN」(https://www.oneskin.co/)、Nocturolと呼ばれる有効成分を活用し、夜間に頻繁にトイレに行くことを防止する錠剤を開発する「Wellesley Pharmaceuticals」(https://wellesleypharma.com/)が登壇しました。
市場環境とビジネスモデルの変化にオープンイノベーションで対応する
コネクト&デベロップ戦略(C+D)の始まりは2000年でした。当時業績の悪化により4ヶ月で株価が半減するという危機的な状況にあったP&Gにおいて、CEOに任命されたアラン・G・ラフリーは、旧態依然のクローズドな研究体制ではいくら資金を投入しても成長目標には到達できないことに気づき、外部とのコラボレーションによるオープンなイノベーション創出モデルへと舵を切りました。これがコネクト&デベロップ戦略の始まりです。
結果として、2010年時点におけるP&Gのイノベーションの50%以上が外部との協業により生まれ、またP&Gの支援によりパートナー企業の売上は30億ドルに達したと言われています。(https://legacymt.pg.com/pgcom-en-us/downloads/innovation/C_D_factsheet.pdf)
C+Dは、単純に技術を買う、外注するというアウトソーシングではなく、「想像性のインソーシング」とP&G内で呼んでいるように、P&Gのリソースと外部リソースを組み合わせることでイノベーションを起こそうという姿勢が見て取れます。
これを可能にするのは、C+Dの戦略思想がきちんと社内に浸透していること、そしてスタートアップ、起業家やスタートアップといった外部パートナーに対する磐石なサポート体制の存在です。
箱をつくって終わりではないP&Gのオープンイノベーション
P&G Venturesのケースからは、P&G本体では事業展開が困難な新しい領域におけるイノベーションを促進するために、スタートアップスタジオとして幅広く起業家、スタートアップとの協業の可能性に対して支援体制を整えた上で、門戸を開いていること。
そして、投資活動やマーケティング支援といった膝を突き合わせたインキュベーションやアクセラレータープログラムを行うことで、新たな価値と成果が生み出されていることがわかります。 昨今の日本でも、外部の支援会社の協力を得て、アクセラレータープログラムなどのオープンイノベーションプログラムを進める動きが多く見られます。しかしながら、オープンイノベーションプログラムを実施しても一度だけの「イベント」で終わってしまうケースも散見され、P&Gほど一つの企業でオープンイノベーションプログラムを体系的かつ継続的に実施して、新規事業の立ち上げ推進を行なっている企業は多くないというのが実情です。
コロナ禍も相まって、業界問わずグローバルで市場環境が激変していく中で、形だけの表面的なオープンイノベーションでは成果を実現していくことは困難になっていくと予想されます。 P&G Venturesの取り組み事例からも見られるように、スタートアップスタジオのような体系的な支援体制を確立した上で、オープンイノベーションを堅実に推進していくことが新事業創出の成果を出していくためにますます重要になっていくと考えられます。
袖山晋(Shin Sodeyama)
株式会社ベルテクス・パートナーズ
イノベーションソリューション事業部
デザインシンキング歴15年以上。クリエイティブファームにてブランディングや新事業開発支援の経験を経のち、ものづくりベンチャーを起業し、プロダクトの大英博物館永久収蔵を実現。その後、楽天ヘッドクオーターにて佐藤可士和氏の下、グループ全体のサービス開発支援、UX・ブランド統一プロジェクト推進。ベルテクスパートナーズでは、デザインシンキングを中核にビジネス、テック、クリエイティブの多角的なアプローチでイノベーション創出支援を推進。
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