AI活用で進む病院の医師の事務作業削減と診療品質向上のソリューション活用
AI活用が進み始めたCAPDによる病院での診療支援の取り組み
ヘルスケア領域におけるAIの活用は、ウェアラブルデバイスから収集される生体データ、医療機関で収集される診療記録、健康・医療・介護に関する論文、保険情報など様々な領域で進み始めている。
海外では、病院における医師の診療文書作成作業において、医師が診療の際に記録する情報の収集、管理、活用におけるITを活用して効率化を進める取り組みとして医師の診療文書作成支援ソリューション/CAPD(Computer-Assisted Physician Documentation)活用が進んでいる。
ここでは、診療文書の電子化に留まらず、さらにAIを活用することによって、診療支援や診療文書作成などの各種作業の効率化と医師の診療に役に立つフィードバックをリアルタイムで行い診療品質を向上させた海外事例に注目する。
今回紹介する事例として、ネブラスカ・メディスン病院では、Nuance社のAI音声認識/自然言語処理ソリューションを活用し、医師の診療記録作成の負担を低減すると同時に、診療品質の向上も図っている。
また、ボルチモアの呼吸疾患専門病院PCCABでは、M*Modal社のソリューションを活用している。 AIを活用したCAPDソリューションによって、医師の診療文書作成の負担が大幅に低減され、医師は診療文書作成に時間をかけるのではなく、患者に向き会うことに集中することで質の高い診療ができるようになったこれらの事例について見ていきたい
1.ネブラスカ・メディスン病院におけるAIソリューション活用事例
ヘルスケア雑誌Becker’s Hospital Reviewで「アメリカの優れた病院100」に5年連続選ばれているネブラスカ・メディシン病院(Nebraska Medicine)は、音声認識/自然言語処理ソリューションベンダーNuance社のCAPDソリューションを活用し、医師の文書作成作業の負担低減だけではなく、診療品質の向上にも役立てられている。
ネブラスカ・メディシン病院は、2009年から診療文書の電子化の取り組みを行い、電子化による各種システムへの入力業務の効率化によるコスト削減など一定の効果を得たものの、医師の診療文書作成には依然多くの時間を費やす必要があり、医師たちにも不満が残っていた。
そこでネブラスカ・メディシン病院では診療文書を短時間で効率的に作成できるソリューションを模索し、診療文書の音声による記録と医師の診療支援を行うことができる、Nuance社のCAPDソリューションの採用を行った。
Nuance社が展開するCAPDソリューションの中でも、クラウドベースの音声認識プラットフォーム「 Dragon Medical One」、医師が使う音声記録用モバイルデバイス「PowerMic Mobile」、医師の診療メモをリアルタイムで分析し、アドバイスを行う機能「 Dragon Medical Advisor」を導入している。
これらのソリューションを組み合わせて導入することで、医師は診療作業を書類作成で遮られることなく、診察に注力することができる。 医師は、最新の診療メモや投薬リスト、治療計画などを考えながら、データとして記録する必要がある情報の口述記録を行うことができる。
「PowerMic Mobile」で医師の診察内容が口述記録され、「Dragon Medical One」のAIの自然言語解析機能で口述内容が解析され、「Dragon Medical Advisor」が解析された診察内容に基づいてリアルタイムで関連情報や診察内容に対するアドバイスを提示する。
医師は、「Dragon Medical Advisor」から提示された情報も踏まえて、治療についての判断を行う。
ソリューションの効果を確認するために、Nuance社のソリューションを利用している約350名の医師に行った調査によると、94.2%が「効果があった」、71%が「診療文書の品質が向上した」と回答した。また、50%は「毎日少なくとも30分間の時間が節約できている」と回答した。
こうしてネブラスカ・メディシン病院は、Nuance社のCAPDソリューションによる、医師の診療文書作成支援と診療支援により、医師の診察の効率を高めることで診療品質の向上も実現していくことを目指している。
2.ボルチモアの呼吸器疾患専門病院におけるM*Modalの適用事例
ボルチモアの呼吸器疾患専門病院PCCAB(Pulmonary and Critical Associates of Baltimore)では、電子診療記録システムのフロントエンドとして、M*Modalの音声認識ソリューションを活用し、診療記録における医師の満足度を向上させている。
PCCABでは、診療品質の向上と効率化を目的に、2010年に電子診療記録システムを実装した。その電子診療記録システムのフロントエンドで活用できる口述記録、音声認識ソリューションとして、M*Modalを選択した。
PCCABは、以前にも口述記録ソリューションを使っていたのだが、電子診療記録システムとの互換性に乏しく、また、音声認識の精度や使い勝手においても現場で活用するには十分な品質を得られなかった。
そこで新たに、M*Modalのクラウドベースの音声認識ソリューションM*Modal Fluency Directを採用した。
M*Modalは、CAPDにフォーカスし、AIを活用した診療文書作成と音声認識による会話解析に特化したソリューションを提供するヘルスケア・テクノロジーのベンチャーである。
M*Modal Fluency Directは、クラウドベースの認識ソリューションで、150を超える診療文書システムと連携している。 M*Modal Fluency Directによって、診察時間が、再診では数分、初診では約10分の時間短縮が実現され、1日当たり3時間から4時間もの診療文書作成にかけていた時間の削減が可能となった。
このような時間短縮は、M*Modal Fluency Direcによる高い音声認識精度に基づく会話解析により実現されている。音声認識の精度を高めているのは、医療用語の認識率が95%という高い精度を実現している起因している。
こうして、M*Model Fluency Directも、AIを使って医師へリアルタイムのフィードバックを行うことで、CAPDを進化させている。
3.病院でのCAPDにおけるAI音声認識/自然言語処理活用の価値
ここで紹介した2つの海外CAPD事例は、どちらも、高い精度の音声認識による口述記録が、医師による診療文書作成の手間を低減させ、さらにAIによって、診療文書の分析と、医師へのフィードバックを行うことで、診療の質を高めている。
日本においても、電子カルテの導入は進んでいるが、データ入力の作業負担は、依然として医師に大きくかかっており、医師は患者を見ずに、パソコン画面を見て診療しているかのような場面に遭遇した人も少なくないだろう。
ここで紹介した海外事例のように、AIにより実現された高精度の音声認識と自然言語処理により、医師の診療文書作成に様な事務作業の時間削減と診療サポートまで実現されることで、医師の患者とのコミュニケーションの質を向上させることができる。
国内でもAI活用による病院の医師の診療/事務作業において一層の事務作業削減と診療品質向上に向けた取り組みは広く拡大していくが期待される。
執筆者
株式会社ベルテクス・パートナーズ
AI/INNOVATION SOLUTIONチーム
大手通信会社、総合商社、大手メディア企業、クラウドベンダーなど多様な業種でのAIプロジェクトの推進支援や新規事業創出推進支援を実施。各メンバーの支援実績や知見の活用と外部パートナーとも連携しながら業種を問わず大手企業におけるAIプロジェクトを推進や、新規事業/イノベーション創出に関連するソリューションを提供。
監修者
株式会社ベルテクス・パートナーズ
執行役員パートナー 東條 貴志
スタートアップでの新規事業立ち上げや事業責任者などの経験と、アーサーアンダーセン、ローランド・ベルガーなど複数ファームでの10数年のキャリアに基づく先端領域における大手企業の新規事業・イノベーション創出支援やAI/機械学習を活用した事業創出/業務改革に多数の経験を有す。
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