飲料業界で体験創出のイノベーションを目指すAB InBevの取り組み
AB InBevがアクセレレータで挑む飲料業界の革新とは
ビールメーカー世界最大手のAB InBevがアクセレレータをスタート。消費者の嗜好の変化、流通や販促上の課題を乗り越えて、いかに成熟市場を突破しようとしているのか?
1.AB InBevがアクセレレータプログラムを開始
AB InBevは、AnheuserpBuschを買収後、ベルギーとブラジルを拠点とする世界最大のビールメーカーとなった。その発祥の歴史は、12世紀にさかのぼる。実に約800年に渡って、ビールを作り続けてきたメーカーである。
しかし、その事業環境は21世紀に入って一変している。テクノロジーの進化によって、ビールがどのように買われ、どのように消費されるかが、変化してきたのだ。世界最大手AB InBevは、こうした事業環境にいかに対応していこうとしているのか?
AB InBevが、Techstarsとスタートしたアクセレレータ「Techstars Connect」の取り組みの背景をひも解いて、飲料業界でのオープンイノベーションの可能性を探っていこう。
2.ビール業界の「モノ売り」ビジネスに残る古き流通慣習の壁
AB InBevのアクセレレータ始動の背景を探るには、そのビール業界が長年置かれてきた事業環境を注意深く見ていく必要がある。それは、規制によって自由に消費者とつながる事ができないというジレンマであった。
アメリカの例では、1920年代の禁酒法の名残りで、現在でもビールの流通・販売過程に大きな規制が残っている。ビールを消費者の手元に届けるためには製造者、卸、小売りの三段階を経る事が義務づけられており、必ず卸を経由しなければならない。そしてそれぞれが独立した組織として切り分けられている必要があるのだ。
アルコール類の値引き競争を抑えるためとはいえ、製造者は小売との直接取引を禁じられている事で、消費者に提供できる商品価値とその体験に大きな制限を課されているのである。
3.プロダクトと人々を結ぶ「体験創出」テクノロジーの必要性
従来の製造~卸~小売という階層構造の流通体系に守られた商売を行ってきたAB InBevにとって、消費者が「モノの価値」ではなく、「体験の価値」を求めるように消費シフトが起こっているということは大きな脅威となりつつある。
商品が、どのようなストーリーを経て手元に届くのか?そして、消費者の価値観をいかに満たせるかが重要となってきており、クラフトビールなどのように、そういった文脈での商品提供を目指す事業者が勢力を増しつつあるのはバドワイザーのようなメガブランドを流通に大量供給することでビジネスをしてきたAB InBevにとっては大きな脅威となっている。
このような流れに対抗するためにも生産者と消費者が直接繋がる重要性は、ますます高まってきていると言えるだろう。
4.既存の規制の中で、いかに商品を通して体験を創出するか?
AB InBevのアクセレレータは、そのような背景と危機感の下でスタートしたアクセラレータプログラム「Techstars Connect」は、2016年10月から2017年1月まで実施されており、プログラムには実に1,000を超えるスタートアップからの応募が集まった。
17週間のプログラムには、10のスタートアップが選ばれており、AB InBevのVCであるZX Venturesが参画している。
5.選出スタートアップから読み解く飲料業界のトレンド
AB InBevはいかなる領域に、オープンイノベーションの活路を見出しているのか?プロダクトと人々を繋いで体験を創出する、そんなAB InBevが目指す事業を具現化するスタートアップは、企業向けのB to Bサービスと、消費者向けのB to Cサービスに分かれる。
| B to Bサービス
AIコーヒー生産管理サービス「Gastrograph」
生産者が継続して質の高いコーヒーを届けるため、フレーバーの視覚化、欠陥商品を出さない生産過程をサポートしている。センサー技術とAI技術で、生産過程の最適化と、商品にフィットしたマーケットの特定を実現している。
味覚解析センサー「Afineur」
より良質で健康的な食品を届けるため、自然発酵の使用を推進するバイオテック会社。Kickstarterでの資金調達によって、最初のコーヒー商品を企画。味覚センサー解析と分子解析で、より消化がしやすい健康的なコーヒーを開発した。
ワイナリー醸造サポート「NaCa Fermentation」
醸造所、酒屋、ワイナリーの発酵プロセスを支援。カプセルのイースト技術を生産工場の酵母過程で活かす事で、発酵/生産過程の改善に貢献している。
| B to Cサービス
飲み物の好みで人を繋げる「Drinkeasy」
クラフトに込められたストーリーを伝え、一人一人の飲み物の嗜好によって人々を繋げるサービス。ウイスキー、ジン、ラム酒のクラフトのこだわりを伝え、販売している。
ローカルパーティプラットフォーム「Party with a Local」
パーティを愛する人々を繋げるアプリ。150カ国以上で、すでに10万人以上がパーティーに参加。毎週2,000を超える新たな人々の繋がりを生んでいる。
近くで誰が飲んでいるかが分かるサービス「Quantac」
ウェアラブル端末を装着した肌のアルコールを検知するセンサリング技術で、誰がどこでアルコールを飲んでいるかがリアルタイムで分かり、合流できるサービス。"
6.成熟市場突破を担うアクセレレータ
AB InBevのプログラムに1,000以上のスタートアップの応募が殺到したように、飲料分野のスタートアップの勢いは目覚ましい。アクセレレータ「Techstars Connect」によって、事業のさらなる加速を目指すフェイズに入る。
消費者の新たな体験創出を、プロダクトと人々をつなぐテクノロジーで実現していくこと。それは、テレビCMでビールの消費を訴えていく従来のマスマーケティング的なアプローチとは大きく異なった戦略と言えるだろう。
AB InBevは、流通支配とマスマーケティングを中心とした「モノ売り」のビジネスモデルに加えて、アクセラレータプログラムを通じたスタートアップとの協業による「体験創出」のビジネスモデルを追加する試みは本当に実るか。
グローバルに多くのブランドを抱えるに巨艦AB InBevのスタートアップとの協業の取り組みの成否は、流通支配がビジネスの根幹となる消費財大手企業の新たに生まれつつある競争環境での新たな戦い方の試金石となるだろう。
執筆者
株式会社ベルテクス・パートナーズ
INNOVATION SOLUTIONチーム
大手通信会社、総合商社、大手メディア企業、クラウドベンダーなど多様な業種での新規事業創出推進支援を実施。各メンバーの支援実績や知見の活用と外部パートナーとも連携しながら業種を問わず大手企業における新規事業/イノベーション創出に関連するソリューションを提供。