海外農業/酪農組合におけるベンチャー企業と組むオープンイノベーションの取り組み
協同組合のアクセラレータから見えたオープンイノベーションの新たな可能性
米酪農組合DFA/ニュージーランドの酪農組合で、アクセラレータプログラムがスタートした。すでに築き上げられてきた協同組合の古い組織体制やオペレーションを刷新しようと挑むプログラムの全容を探る。
1.なぜ協同組合がアクセラレータプログラムを開催するのか?
これまでアクセラレータという取り組みは、スタートアップ企業の成長を加速させてそこからの投資収益を得る仕組み、または大企業のオープンイノベーションに取り組むための手法などとして、注目されてきた。
しかし、ここにきて利益追求を試みる民間企業とは異なる協同組合によるアクセラレータが生まれてきている。
本記事で取り上げるのは、これまでのアクセラレータとは一味違った取り組みだ。
スタートアップ企業の支援ノウハウを蓄積してきたアクセラレータは、その数が増えるに従って、事業領域を特化するなどして分化を続けてきた。
しかし、企業/スタートアップ以外の文脈で、その知見を活かそうとする取り組みは、これまでになかなか例がなかった。
なぜこれまでの領域とは畑違いの米酪農組合がアクセラレータに取り組むのか?その理由を探ると、アクセラレータの新たな可能性が見えてくる。
2.食品/農業分野アクセラレータプログラムのこれまで(ネスレの例)
食品業界や農業といった領域で、これまでアクセラレータの取り組みがなかったわけではない。ここでは、代表的な事例としてネスレのプログラム「HENRi」の取り組みを見ていこう。
スイス食品大手のネスレは、クオリティ・オブ・ライフ(QoL)の向上という企業理念のため、優れたアイデアやテクノロジー、人材を、ネスレのリソース乗せてスケールさせる「HENRi」をスタートしている。
全世界で33万人の社員を要し、189の国で2000のブランドを展開し、10兆円以上の売上を出すネスレは、多くの人々にアプローチして影響を与えるポテンシャルを有している。その機会を活かすアイデアを外部に求めるという取り組みだ。
これまでに、幼児教育・栄養不足の解消・農家の支援といったテーマでプロジェクトが行われており、画像認識・ソーシャルマーケティング・消費者データ解析サービスといったスタートアップと協業してきた。
ネスレのプログラムの特徴は、初めからプロジェクト内容を設定して協力者を募るという手法にあり、そのプロセス自体を自社で運営している。一般的なアクセラレータよりも、よりクローズドな手法を取った事例という事ができるだろう。
3.協同組合アクセラレータの全容とは?
紹介したネスレのように、民間分野においてはアクセラレータプログラムの活用が進んでいるが、組合組織/公共分野では、まだまだ活用は進んでいないと見られていた。
しかし、先進事例としてアメリカの酪農組合DFAや、ニュージーランドの酪農組合事例Sprint Acceleratorといった組合組織によるアクセラレータの事例が出始めている。ここではその全容を見ていこう。
3-1.プログラムの主体と目的
従来の民間企業が行うアクセラレータプログラムは、民間企業の新たな事業創出の仕組みとして期待されてきたが、協同組合アクセラレータの目的は、新事業を生み出す事ではなく、既存の酪農組合のオペレーションを革新することであり、ひいては組織の体質を一新することを目指している。
3-2.プログラムが目指す成果
協同組合アクセラレータプログラムが主に目指しているのは、オペレーションを改善するアイデアだ。例えば、米酪農組合DFAアクセラレータは、そのバリューチェーン、製品管理、データ管理、生産履歴管理といった領域に着手し、生産管理をより安全に、継続して、効率的に行っていくオペレーションを目指している。
3-3.プロセスのオープンさ
紹介したネスレのプログラムでは、プロジェクト概要だけを掲示し、その後の選出や恊働のプロセスはクローズドに行われていた。一方、ニュージーランドの酪農組合Sprint Acceleratorでは、酪農組合の組合員2万人に幅広くアイデアを募り、徐々に絞っていく手法を取った。
110集まったアイデアからまず50のアイデアを選出し、ハッカソンで11に絞り、プログラマーやデザイナーとプロトタイプを作成した。そして、選ばれたアイデアだけがアクセラレータプログラムの舞台へと進むという方法を取っており、そのプロセス全てがオープンとなっている。
4.協同組合の革新から見えたアクセラレータの新たな可能性
ここまで見てきたように、アクセラレータの活用という従来の民間の取り組みの波は、伝統的な組織の革新を求める組合組織にまで広がり始めている。
ニュージーランドの酪農組合Sprint Acceleratorが、そのプロセスにおいて出来るだけ多くの人々を巻き込み、透明なプロセスを堅持していることは、そのプロセス自体が組織を変えていくための劇薬となる事を期待しているためだと言える。
プログラムは既に4回実施されており、次回は2017年4月よりカンザスでの実施が決定している。 外部アクセラレータが大組織に分け入り、革新していく組織変容/オペレーション改善プロジェクトといった側面は非常に興味深い。
そして、メンタリング・事業のブラッシュアップ・投資家の紹介といった従来のアクセラレータの内容によって、アイデアの実現に伴走していくのだ。
酪農組合という協同組合の革新という領域は、日本では政治家の主導がなければ様々な取り組みもなかなか進まないものだが、アクセラレータの知見を組合の革新に活用するという取り組みは、非常に挑戦的であると言える。
これまでスタートアップ支援、大企業のオープンイノベーションという文脈で飛躍してきたアクセラレータの取り組みは、伝統的な領域、組織の革新に活用するというアクセラレータの新たな可能性を示している。
執筆者
株式会社ベルテクス・パートナーズ
INNOVATION SOLUTIONチーム
大手通信会社、総合商社、大手メディア企業、クラウドベンダーなど多様な業種での新規事業創出推進支援を実施。各メンバーの支援実績や知見の活用と外部パートナーとも連携しながら業種を問わず大手企業における新規事業/イノベーション創出に関連するソリューションを提供。